石鼓文の話(文字の変遷なども含め) その1 |
先日、書道放送(インターネットライブ中継の番組)に出演させていただいた。テレビ?出演は、街頭インタビュー1回、エキストラ1回(テレビ朝日土曜ワイド劇場「文書鑑定の女3<羽田美智子主演>」=篆刻殺人事件みたいなドラマで篆刻監修をした際に先生も群集エキストラでと言われ出演)の経験しかないもので、なかなか上手く行かなかった。下記参照(ユーチューブのように見れる)

http://udoyoshi.com/blog/?p=4210
(エコーがかかって音声が聞きづらいですが・・・)
その番組の中で、私のような出演書家が課題を出し、視聴者に画像データで投稿していただくコーナーがある。それに、石鼓文の一番最初の文字「吾」(上画像)を出題した。
篆書は、ちょっと一般の方には難しかったようで、投稿は5~6点(締切時刻の関係も有り、その内4点を批評)であったようである。
さて、私が何故この「字」を出題したかというと、
1.文字学的に「大篆→小篆」の発展を伺える字形であるという点。つまり、この石鼓文は、周・戦国春秋時代の秦の献公11年(BC374)制作が説として有力で、秦の始皇帝による中国統一(BC221年)=小篆の成立、との関連が興味深い点。
2.夏目漱石がこの石鼓文を臨書し、その初版本の装丁に使用している点。(偶然で、番組MCの櫻井嬢がこの復刻本をお持ちであった。)

上記本は鈴木春瑛先生(十文字学園女子大学短期大学部文学科講師)所有のもの。
3.ちょうど、東京国立博物館、台東区立書道博物館で「拓本とその流転」展が開催(5月15日まで)され、そこに石鼓文の拓本が5組展観されている。(下記参照)
http://www.taitocity.net/taito/shodou/shodou_news/shodou_news20110315.html
上記の3点である。
(続く)

